大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和51年(ネ)723号 判決

控訴人

宝田市三

控訴人

宝田喜久

右両名訴訟代理人

梶山公勇

外一名

被控訴人

大東京火災海上保険株式会社

右代表者

秋田金一

右訴訟代理人

江口保夫

外二名

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの連帯負担とする。

事実《省略》

理由

一昭和四八年一〇月七日午前零時二五分頃、埼玉県川越市松江町一丁目三番一号先路上において、川本博通運転、亡和広同乗の加害車がコンクリートの緩衝帯に激突し、このため亡和広が同月一〇日頭蓋底骨折等のため死亡したこと、訴外会社が加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた者であること、訴外会社が昭和四八年七月三日被控訴人との間で、加害車につき、控訴人ら主張のとおりの内容の自動車損害賠償責任保険契約を締結したことは、いずれも当事者間に争いがない。そして、〈証拠〉によれば、控訴人らが亡和広の父母であり(控訴人宝田市三が亡和広の父であることは当事者間に争いがない。)、その相続人であることが認められる。

二ところで、控訴人らの被控訴人に対する本訴請求は自賠法一六条一項に基づくものであるから、前記事故によつて死亡した亡和広の保有者に対する同法三条本文に基づく損害賠償請求権の成立を前提とするものである(このことは、控訴人らの請求中その固有の損害を原因とする部分についても異なるところはない。)ところ、被控訴人は、亡和広が加害車の運転供用者たる地位にあつたから同条本文の「他人」に該当せず、亡和広の右損害賠償請求権は成立しない旨主張するので検討する。

1  右主張に対する判断の基礎となる事実関係についての当裁判所の認定は、原判決六枚目裏八行目から同九枚目裏末行までに判示するところと同一であるから、これをここに引用する。

右に引用した事実によれば、訴外会社が極めて小規模の有限会社で、その構成等から控訴人宝田市三の個人企業と同視しうるものであり、控訴人らの子は婚姻して別居している娘以外には亡和広しかおらず、同人は控訴人宝田市三の営業を当然に継ぐべき立場で一緒に働いていたものとみることができ、これに、右に引用した認定のとおり控訴人らの家族中で運転免許を有していた者が亡和広だけであること、亡和広が加害車を毎日の如く自由に私用にも供しており、控訴人宝田市三がこれを許容していたことをあわせ考えると、訴外会社と共に、亡和広もまた加害車に対して運行支配及び運行利益を有していたものというべきである。

そして、本件事故当時の加害車の具体的運行についても、右に引用した本件事故に至る経緯に照らすと、亡和広がその運行を支配し、運行利益を享受していたことは明らかである。控訴人らは、亡和広が本件事故当時加害車の後部座席で眠つており、かつ控訴人宝田市三が川本において加害車を運転することを承諾した事実を根拠に、かかる場合、直接ハンドルを握つていた川本が運行行供用者とみなさるべきであり、亡和広は運行供用者としての地位から離脱していたものというべきであると主張するが、右のような事実が仮に認められるとしても、先に引用した川本が加害車を運転するに至つた経過に鑑みると、当該具体的運行につき亡和広の運行供用者性が失われる理由はないものといわざるをえない。もつとも、亡和広は本件事故の日の前日訴外会社の代表者である控訴人宝田市三に使用目的を告げて加害車を持ち出したものであり、このことと亡和広の訴外会社における地位・身分、加害車の日頃の管理、使用状況を考えると、本件事故当時の具体的運行について訴外会社の運行支配が排除されていたものとは解し難いので、結局右運行について亡和広は訴外会社と共に運行供用者の地位にあつたものというべきである。

ところで、自賠法三条本文の「他人」は運行供用者及び当該自動車の運転者・運転補助者を除くそれ以外の者をいい、運行供用者は自賠法による保護から除外されるものと解されるところ、控訴人ら主張のとおり運行供用者性と他人性とは必ずしも相排斥する概念ではない。換言すれば、対外的責任主体としての「運行供用者」と自賠法による保護の除外事由として機能する「運行供用者」とは必ずしも同一に解さなければならないものではなく、事故により被害を受けた者が共同運行供用者の一人である場合には、対外的責任主体となりうべき運行供用者であるが故に常に右「他人」に該当しないものとはいえず、その者の当該具体的運行に対する支配の程度態様のいかんによつては、他の共同運行供用者との関係においては「他人」として保護されてしかるべき場合もあると考えられる。この点について控訴人らは、亡和広に運行供用者としての地位が認められるとしても、本件のように亡和広自身が被害者となつた場合については、共同運行供用者相互の内部関係では加害車に対する運行支配は川本に完全に帰属していたものとみられるので、亡和広は川本に対し「他人」であることを主張しうるものと解すべきであると主張するところ、先に引用した川本が加害車を運転するに至つた経緯に照らすと、亡和広は自宅までの帰途の運転も当然同人が行なうつもりでいたが、酒に酔つたためやむなく川本に対し自己の代りに運転することを託したもので、控訴人宝田市三もまた亡和広が酔つてしまつたことを聞かされたため川本が代つて運転することを余儀ないこととしてこれに異をとなえなかつたにすぎないものと推認するに難くないので、本件事故の生じた亡和広方への帰途における加害車の具体的運行についても、これを支配管理し運行による利益を享受する立場にあつたものは加害車を持ち出して来た亡和広自身であつて、川本は亡和広のため加害車を運転していたにすぎないものと認めるのが相当であり、右川本をもつて運行供用者たる地位にあつたものということはできない。そして、亡和広と共に訴外会社が加害車の運行供用者たる地位にあつたものと認められることは前述したとおりであるけれども、先に引用した認定事実によれば、事故当時の具体的運行に対する訴外会社による運行支配が間接的、潜在的、抽象的であるのに対し、亡和広による運行支配、まして右運行による運行利益の享受は、運行の全般に亘つてはるかに直接的、顕在的、具体的であつたというべきであるから、かかる場合には、亡和広は訴外会社に対し自賠法三条本文の「他人」であることを主張することは許されないと解すべきである。本件事故当時亡和広が加害車を自ら運転しておらず、川本がこれを運転していたこと、そして控訴人宝田市三が川本による運転を事前に承知していたことは、加害車の日頃の使用状況や川本が加害車を運転するに至つた経緯につき先に認定判示したところに照らし、訴外会社の運行支配に対して亡和広のそれが有する右のような性格を左右する事由とはなりえず、前記結論に消長を来たすものではない。また、控訴人らは、運行供用者としてその運行に関与した割合によつてその者の他人性が阻却されるのみで、他人性が阻却されない部分については、割合的に自賠法三条本文の「他人」として保護されてしかるべきであると主張するが、亡和広及び訴外会社の本件事故当時の具体的運行に対する支配の程度態様が右に判示したとおりである以上、訴外会社との関関係で亡和広の他人性が阻却されない部分ないし割合を考える余地はなく、右主張も採用し難い。

3  してみると、本件事故については、加害車の保有者に対する亡和広の自賠法三条本文に基づく損害賠償請求権は成立しないものというべく、これと同趣旨に帰する被控訴人の前記主張は理由があるといわなければならない。

三以上の次第であるから、右損害賠償請求権の成立を前提とする控訴人らの本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないものとして棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であつて、本件各控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条一項但書を適用して、主文のとおり判決する。

(横山長 三井哲夫 河本誠之)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例